ストイックな理容師の世界で
“シェービニスト”になるまで
保育園のときに髪を切ってくれた美容師のお姉さんに憧れて、「大きくなったら美容師になる」と言っていたのを覚えています。高校生になり、夢を叶えるため美容室を見学して美容関係者の話を聞くうちに、思いがけず「理容」のカッコよさにひかれました。感性で勝負するイメージの強い美容師と違って、理容師は完全に職人の世界。頭部に見えない線を描き、その図面通りにハサミを入れることが大切で、技の正確さ・緻密さがより求められます。また、首元に刃物をあてられるのは医師か理容師だけで、何よりも“信頼”が第一の職業。そんなストイックなところに魅力を感じたんです。
しかし実際に理容店で働き始めると、コンテストでは入賞できないし、目立った実績も残せない。焦りと挫折のなかで考え抜いた結果、「剃刀を究めよう」と思い立ちました。まだ“シェービニスト”という言葉もなかった時代、当時の上司からは呆れられましたが、「剃刀なら誰にも負けない」という根拠のない自信があって(笑)。ヘアカットのついでに頼まれる顔そりなども、それだけで満足いただけるような技術を身に付けようと決心したんです。
植物の力が、
すべてをリセットしてくれた
そうして腕を磨き、お客さまのニーズに丁寧に対応するうちに状況が変わりました。リピートしてくださるお客さまが増え、シェービニストに懐疑的だった上司や先輩から「私にも教えて」と言われたり、他店から視察が来たり。すべて自分が始めたことなので、とにかく経験を積むしかなく、「この分野でトップになるんだ」と意気込んで……。頑張り過ぎたんでしょうね、ちょっと気が緩んだ瞬間、倒れてそのまま病院へ。仕事を辞めざるを得ないほど体調を崩してしまいました。
実家に戻っても一向に回復せず、長期入院が続いていたとき、祖母が手作りしてくれた漢方を母が病室まで届けてくれました。飲んでみると、それまで一週間以上続いていた高熱が一気に下がって。そこで初めて、生まれ育った新潟の自然や自生する植物、その力を活かす人間の知恵の素晴らしさに気づき、目に映る景色や空気、香りが違って感じられました。「もっと植物の力について知りたい。私が植物に助けられたように、いま辛い思いをしている人にこの素晴らしさを伝えたい」と思い、アロマテラピーを学びました。
だんだんと元の生活に戻れるようになった頃、地元の皮膚科内にオープンした美容サロンを手伝うことになりました。そこで皮膚に関する知識を深められたこと、店舗運営を経験したことは、今でも私の中で大きな財産となっています。
今日出会う
「ひとり」を笑顔にしたい
植物の力ですっかり生気を取り戻した私は、もう一度剃刀を握るため、昔の職場の先輩に誘われ大手のサロンで働き始めることに。そこで初めて理容とは違うエステの施術法にも触れることができました。正確さだけではない、心に働きかける癒しの技術を学べた気がしています。
そして結婚、出産を経て、より自分らしい働き方を模索するため、フリーランスに。人と競ったり何かで一番になることよりも、今日出会う「ひとり」のお客さまを笑顔にすることに、今はやりがいを感じます。お客さまの気分に合わせたオリジナルアロマを焚いて、リラックスした空間を作ることもおもてなしのひとつ。私のインスタグラムを見て「シェービングをお願いするならここしかないと思った」と言われることもあり、そんなときは「剃刀を選んだのは間違いではなかった」と、これまでの苦労が報われた気持ちになります。
これからは、もう少し広い意味で“ビューティー”を捉え直そうと考えています。アロマテラピーのホリスティックな視点をどう活かすか、月の満ち欠けのように変化する女性の心と身体にどう寄り添えるのか。「お客さまひとりひとりの外見はもちろん、内面から湧き出る美しさをサポートしたい」というのが今の目標です。